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札幌市に剣道組織が復活誕生したのは,昭和27年12月7日であることは、 札幌剣道連盟の「剣は風雪に耐えて」(第1巻)に長谷川吉次剣道範士が記載されている。その後、昭和47年4月に札幌市は政令指定都市に発展し北区の誕生となり、8年後の昭和54年に支部の産声活動が展開した。
札剣連が誕生した当初は、札幌体育所で戦前より剣道を実践されていた剣道家が、 剣道の再開を心より喜び、歓喜の中で自分達だけの剣道を楽しまれていた。 (少年の指導体制はなかった・昭和29年9月体育所入門大崎)
戦後再開した札幌の剣道活動が誕生してから28年の歳月の後に、地域での組織活動が発足したことになる。
北区剣道協議会を小山 明会長か組織化した頃は、剣道の特性が社会的に広く認められた時代でもあり、 この20年間で当初の4道場が現在の20道場までに発展している。
しかし、昭和62年前後の剣道隆盛期からみると、少子化現象の風当たりも強く、 当時の6割程度の少年会員数に減少していることも現実的な状況である。
従って、剣道に入門する少年剣士は低年齢化の状況であり、指導者に求められる資質として、 「剣技や剣道精神」の伝授が主課題ではなく、子ども達から見て「楽しい先生とかやさしい先生」
像が求められているものと思われる。
その中で、剣道の基礎的な事項や精神的な面が、自然に子ども達に伝えられる事が指導に当るものに求められる時代であろう。
同時に、かつて剣道を体験した父母達の中から、子どもと一緒に竹万を持ち剣道を再開する会員の誕生も、嬉しい出来事である。
剣道を体験したが、剣道からいったん離れてかなりの年月を経過してもなを、剣道の価値を認めて子どもに剣道を勧め、 自らも実践し会員登録をしてくる現象は、心強く感ずる事である。
支部10年目の時に一般会員は90名であったが、少年人口減少傾向の中で現在一般の会員が137名の登録がある。
時代の変化に対応できる組織運営がこれから、21世紀に向けたテーマである。
北区剣道協議会から支部へと発展し、そして独立した連盟組織が確立した現在、 公平で公正な運営を目指し、剣道人を通して「剣道の良さや楽しさ」 を広く地域の人々に伝えて一般の社会に受け入れられ、
理解される活動づくりとしたい。
北区剣道連盟の30年、40年、50年の近未来に向けて「一般の社会から、より承認を頂ける」 剣道の活動づくりが、私達に課せらいている。
この20年間に積み上げて来た、北区における剣道の足跡を今一度、振り返る検証を重ねて、札幌北区剣道連盟の土台骨をより強固にし後世に引き継ぎたい。
(文責 大崎忠雄)
創立二十周年記念誌より
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